自分の子ども2人が不登校になり、その経験を著書にまとめた元中学校教諭の坂本則子さん(69)(京都府宇治市)の講演会が2月、大津市で開かれる。坂本さんは「私も子どもの姿に混乱し、落ち込んだ。でも、子どもはたっぷり休んで自己肯定感が膨らんだら、きっと動き出す。心の安心基地を作ってあげてほしい」と話す。(生田ちひろ)
元教諭・坂本さん 「心の安心基地」作って

坂本さんは教壇に立つようになって15年目の1993年9月、小学3年の長男が不登校になった。「学校に行けない僕は死んだ方がましや」と叫んで壁に何度も頭を打ち付け、暴れた。坂本さんは長期休暇を取得して一緒に過ごしたが、状況は変わらなかった。
当時、夫は単身赴任しており、多忙な中でも学校で荒れる生徒たちに向き合い、教師の仕事にやりがいを感じていた。そんな自分を否定されたようで、「我が子を学校に行かせられないダメな母親」と自分を責めた。周囲には「甘やかしたからだ」とも言われた。
ある日、紹介されたカウンセリングで「息子の背中を押したい」と話すと、「彼は崖っぷちに立っている。その背中を押したらどうなる」と言われ、自問するように。同じ状況にある親たちの集会にも参加するなどして、少しずつ、子どもをそのまま受け止めようと思えるようになった。
長男は3年ほどして少し落ち着いたが、今度は当時中学3年だった姉が不登校になった。長女は「頑張り屋」で成績も良かったが、1月から休みがちになり、卒業を控えた2月に引きこもるようになった。
ある日、「硬い髪の毛までお母さんに似ている。許せへん」と髪を自分で虎刈りにした。坂本さんは泣きながらカミソリでそり上げて整えたが、逆にその顔を「かわいい」と感じ、「何もなくていい。この子は生きてる」と思ったという。
坂本さんは4年半の休業の後、教師に復帰。長男は8年半、長女も10年近くにわたる不登校を経て通信制高校に通うなどして大学院まで進んだ。坂本さんは勤務先の中学で不登校や教育相談の担当教員となり、2017年に退職。現在は、登校拒否・不登校問題全国連絡会の世話人を務めている。
昨年8月には、「『わが子が不登校』という問い」(新日本出版社)を出版。坂本さんは「子どもはSOSを出しても気づかない私に、『これ以上は無理』と全身で訴えていたと今ならわかる」と振り返り、「変化が見えず焦った時、親同士つながれば、ゆとりを持てるのでは」と語る。
講演会は同問題県連絡会の主催で、2月8日午後1時半から大津市浜大津の明日都浜大津で開かれる。参加費500円で、定員は65人(事前申し込み不要)。坂本さんの講演に続いて、参加者らによる交流会もある。問い合わせは同会(090・4495・5102)。
